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2012年12月の記事

2012年12月27日 (木)

コスモス染め

2_2 コスモスの花が終わった後、根っこ以外の全部をザクザク切って冷蔵庫に入れておいた。よく冷えて凍りついたくらい。たくさんあるから気前良く使って煮出した。30分くらい。煮汁は茶色。
火を止めて、明礬をテキトウに入れて、良く溶けたころに布を漬け込み、布のせいで温度が少し下がった分くらい温め直して、ジャブジャブヒタヒタ30分くらい。
左の布はもともと薄いブルーの木綿。押入れで40年寝たあと日の目を見た。色焼けやシミソバカスがモロに出たけど、薄めのオリーブ色とでもいうかしら。
真ん中は白い木綿。木綿はどちらも事前に豆乳をよく染み込ませてパリパリに乾燥。
右は白い羽二重。

一番素直に色が出る白い絹が、きれいな黄色に染まった。染め液の色や生のコスモスの茎葉からはかけ離れていてびっくり。オッモシロイ!

押入れで寝ているものがまだあった。生成り色の純毛の毛糸。そろそろ起こしてやろうかな。

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2012年12月26日 (水)

大根の中心  ルピナス定植

Photo頂き物の大根一本、一人では食べきれないから半分にして、と言ったら、残りは干せばいいとのこと。そうっか、その手があるのか。
煮物とオロシで三分の一ほど頂いて、残りをスライスして茹でて、笊に広げて軒先に吊るした。いい具合に乾燥した冷たい風が吹いて、今日で一週間たった。おいしい香りで透明感のある乾物になった。面白い格好に乾くね。縁が丸まって立ち上がり、輪の中心に突起ができた。煮てもオロシても、大根に中心があるという意識はなかったのだけど、ちゃんとあるのだ!
スライスするときにあまり調子よく薄くし過ぎたものは、ペラリと頼りないフィルム状になっている。程々が肝心ね。  今夜、油揚げと一緒に煮ようかな。


Photo_2種を蒔いたのが11月4日。本葉もだいぶん出てきたし、いつまでも種蒔き用セルトレイの中では窮屈だろうから、地面に定植した。植える場所には一週間前に、草木灰と、雑草で作った堆肥を混ぜておいた。トレイから苗をスプーンで取り上げたら、思いのほか太くて水っぽい根が現れた。地上に出ているのがわずか3センチくらいのおチビ。これでこの寒空の下、育ってアノ立派なルピナスになるのかしらと心配だけど、意外に元気そうな根が5センチくらいはある。そこに期待しよう。
種蒔き用のトレイはもう少し大きいほうが十分育っていいのかな、と反省。ただ、直根タイプだから移植は嫌いで、直播きも良いのだとか。んじゃぁ、よくわからないから、ま、チビども、頑張って。
全部で30本ほど植えた。もう少しスペースを広くとって土の用意をしておけばよかった。チビ苗が余ってしまった。どこかに植えてもいいけど、今日は風が冷たすぎて、苗より自分のほうが凍えそうで、おしまい。

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2012年12月24日 (月)

スオウ染めバッグ ミシン修理

Photo_2
小さめのショルダーバッグができた。スオウの2番煎じ液を使って鉄媒染。布地は、押入れから忽然と姿を現した付け下げ用の古い反物。薄いクリーム色地に派手な模様だった。模様は染めで少し暗めになったけど、蓋の裏に隠した。でも、地紋があるし、やっぱり和柄。

我ながら雑な仕上がりだと思う。でも、この年になって性分は変わらないから、イイノ!それに、ミシンがガタピシでね、腕と性格の悪さをカバーしてくれない(期待しすぎかしら)。これを作り終わってとうとう修理に出した。修理屋さんから箱が送られてきて、ミシンを入れて送り返して、治ったら返送してくれる、宅配修理屋さん。便利。たぶん30年前のものだけど、オーバーホールで復活の見込みありとの診断。布を染めたら何か形にしたいからね。せめて道具はしっかりしてくれなくては。

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2012年12月22日 (土)

棕櫚の実生

Photo GGに嫌われて枯れた棕櫚を、切り倒して放置した挙句やっと30~40cmにカットして、後は乾燥を待って焼却、と思っていたら、なんと、活かしてくれる神あり! モサモサの皮をハンギングバスケット用に、ですと。なるほどねっ。よかった~。
おかげでこちらも弾みがついて棕櫚の実生の鉢上げ。
鉢底ネットの代わりにモサモサ皮を利用。
棕櫚の木がまだ元気な頃に、その足元近くにチラホラ芽が出ていた。↑で3年目くらいになるのかな。これくらいしっかり育ったものを他にもいくつか見つけた。鉢なら大きくなりすぎる心配はないだろうから、観葉植物ふうになるかも。棕櫚竹みたいな風情は無いけど。

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2012年12月17日 (月)

アプチロン

Photo一ヶ月くらい前に買って、鉢のサイズを替えた。赤い提灯の数が少し増えたし、まだ赤くなってないのもある。今朝、赤い提灯一個から黄色いランプと臙脂色の芯が出ているのを発見。アーチ状のワイヤーの支柱と茎がまるで馴染んでないけど、それも買った時のまま。どうやら寒さには弱いらしいから、そろそろ室内に入れたほうがいいのかも。とりあえず、霜が当たらない場所に移動してみた。

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2012年12月16日 (日)

里道の先に

Photo公園の脇から台地へ上がる細い里道を行けば定家カズラの繁ったところがあると聞いて、連れて行ってもらった。ウチにあるのは、店ではテイカカズラとして売られていたものだけど実はハツユキカズラという園芸種らしいとわかって、ホンモノが見たかったから。これまでの山歩きでも教わった筈なのだけど、あたまの中はカスミソウ。

急な傾斜地に付けられた道の、崖には初冬の野の花や実がさまざま。教えられて覚えたのは(今日はまだ覚えているつもり)竜脳菊。葉をつまんで揉むといい香り。かと思えばもう柔らかい蓬まで出ていたり、菫の葉が大きく育ってるから咲くのも遠くないとか、教わりながら歩く心地よい道。
台地に上がれば、広く開けた農地と、道を挟んで意外なほど深い谷が見下ろせた。その縁の藪に定家カズラの勢いの良い茂みがいくつかあった。なるほどこれが野生の元気な姿。リースに丸めてみたらもうそのままで美しい!と思ったけど、近くで見つけたカラスウリも添えてみた。

今日のメンバーはいつもの染め遊びのお仲間で、BBを入れて3人。お二人は植物にとても詳しいから、こういう道を一緒に歩くのは至福。覚えは悪いけど花や草木の名前を教わるのがとても楽しい。
今日はその楽しみの先にもう一つ、いい出会いが用意されていた。広~い庭でたくさんの木と山野草をたのしむお宅。こんな方とお知り合い、と聞かされて、出来たら一度・・と思っていたので、定家カズラの道の先にあるその庭を訪問させてもらった。庭には、冬枯れの時期でも冬なりの自然が生きていた。新しく植えるものは2か所以上に植えてみて、その植物が気に入るところを見極めるということだった。
自然体の庭を作り畑を作り、今が一番幸せ、と言われてたけど、いつもそう言えるための果敢な努力をしてこられた人のようだった。
う~ん、そのバイタリティはBBは持ち合わせが無いなぁ。それに、展望と努力も欠乏症だなぁ、、、。もうひとつ、そのお庭の前に広がってチョウ素晴らしい借景になっていたススキガ原と雑木林、いいなぁ。

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2012年12月14日 (金)

空の巣

Photo ガールマグノリアの葉が枯れ落ちたら、あら、誰かのオウチが。 ビニールなんか垂れていて、美邸とは言えないけど、これも努力の跡でしょう。

小枝が増え過ぎていたので、少し透かしてやろうと思っているうちに冬になってしまった。そういうズボラ庭を見逃さないらしい。去年は楓にキジバトが出入りしているのをよく見ていて、冬になったらこういう空の巣が見えた。これも同じかな。
蜂の巣は困るけど、鳥なら、ね。
そろそろ、落葉樹の剪定シーズンかも。

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2012年12月12日 (水)

棕櫚の玉切り

Shurocut3メートルくらいのシュロの木があった。たぶん、唐棕櫚。2年くらい前に葉が枯れて、春になっても新しい葉が出て来なかったので、あっさり切り倒した。「あっさり」だったのはGGが棕櫚を嫌いだったから。GGの故郷の家で倒れた棕櫚が屋根を傷めたことがあったから、それも嫌われた理由かも。ここでも、枯れたのを放っておいて倒れたらたいへん。

切り倒したまま、ずっと転がしておいた。でも、邪魔。今日は思い切ってブツブツ短く切り分けた。電動鋸でグワーーグワーーッ。電鋸の振動でくたびれるので休み休み。午後いっぱいかかった。
よく乾いたら燃やしてしまおう。

中古で庭を手に入れたとき、既にすっかり育った木が何本もあるのが良かった。木に特に好き嫌いは無かったけど、GGに言われてみればたしかに棕櫚は他の木とは雰囲気が違う。南国でもないのにヤシの木みたいだし。お隣さんの話では、農家では棕櫚縄を作るために棕櫚を植えたものらしい。ここは農村だから。
棕櫚の皮から縄をなうやり方も教わったのだけど、もうそんな根気は無くなった。幹を切るときに、この全身棕櫚箒状の皮が邪魔で、丈夫なカッターで切り開いてから鋸を当てるとうまくいった。
でも、まだ腕と頭に電鋸の振動が残っている気がする。
元気なうちにぶつ切りできてよかった。乾くまでかなりかかりそうだけど。

あ、今日は2012年12月12日  イチニイ イチニイ イチニイ だね。  11月22日がいい夫婦の日だなんてごろ合わせはイヤだ。うちは片割れでございますよ~だ。(まぁまぁ、知らん顔しときゃいいの)

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2012年12月11日 (火)

冬至十日前

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ペンステモンの葉も霜で白くなった。外に置いたバケツの水に氷。まだ1cmはなさそうだけど。
朝、布団から出た顔がヒヤヒヤ寒い。きっと室温3度、、、当たり!面皮温度計。
冬至十日前って言うね。この頃から冬至までが一番暗いって。辛抱のこの時期を過ぎたらまた明るくなるんだよというのかもしれないけど、寒さはいよいよこれから。
Kc450358名残りのモミジ。日が低いから、眩しい。あ、バケツが写ってる。風情無いなぁ。
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寒いけど、小さいのが頑張ってる。ルピナスの本葉が出てきた。
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大きいのも頑張ってる。銀葉アカシアに黄色い蕾。咲くのは2月終わりからだけど、こうやって冬を越す。この一角だけはなんとなく暖かい気がする。







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2012年12月 9日 (日)

年末ご近所清掃は楽し

集合住宅で年末の清掃日。木枯らしに吹きまくられて、欅に残っていた葉が飛び回る。どうせ落ちるなら、ごみ袋を構えているからここへ直行して!
年に2回の清掃のほかに、芝生の草むしりが2~3度はあったのが、今年はその召集が無かった。かわりに、雑草がいい加減ノビノビ育った頃に業者が入って、芝刈り機や草刈り機でガーガーと終了。確かに、住民の大勢を占めるジジババにはラクではあった。でも、そのぶん、ご近所さんと顔を合わせるのが減ったわけ。

一斉清掃の時にだけ、あらお久しぶり、となったら、どなたの顔も懐かしい。若い頃は時には煩わしいお付き合いもあったけどもうとっくに卒業。
一所帯から一人出ればいいのにご夫婦で出てくる家も多くなった。もしかしたら同じ思いかな。
数少ない若い所帯からは、家に子供だけ置いておけないからか一歳児二歳児まで参加したり。おチビさんにご協力ありがとうございますと声を掛けたら、ただニコニコしてるのが可愛い。

掃除とおしゃべりの両方をちゃんと果たして、家に戻るときには何故かリンゴ一袋と由紀さおりの1969のCDを抱えていた。

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2012年12月 7日 (金)

原発は早く無くしてもらおうよ

夕方の大きな地震、真っ先に心配したのは福島の原発でした。
「今のところ」変化は無いという発表も、アノ東京電力の発表では、疑ってしまう。
選挙戦の最中に三陸沖の震度5の地震とは、速やかに原発を無くそうという政治でなければ!との啓示にもとれます。

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2012年12月 5日 (水)

小倉城・皿倉山・志賀島・・・北九州へBBの小さな旅

Kokurajo2
小倉城、お堀の向こうにこじんまりとした天守閣。
同じものを反対側から見たら↓。バックはショッピングセンターらしい。飲み込まれそう。50年ぶりに見たお城はちょっとかわいそうだった。

Kokurajo1

大阪での用事の後、子供時代を過ごした北九州までぐっと足を伸ばして、小倉に住む幼馴染に逢ってきた。約束の時間までフラリ散歩。

市場を覗いて、出汁用に干したトビウオを一連買ってみた。お城の公園にある文学館が面白そうだったので、トビウオはロッカーに預けて入る。企画展示は労働者文学。企業の労働者が発行してきた文芸誌の展示がある。

「北九州工業地帯」と習ったし、親も製鉄所の労働者だった。今はさすがに違うだろうけど、八幡市歌は’煙もうもう天に漲る・・・’と高らかにうたった。公害なんて意識は無かったのね。あの煙のおかげで生活が成り立っていた。労働者の福利厚生も充実していたのだと思う。労働会館でのコンサートがクラシックに触れる機会だったし、起業祭の工場見学では真っ赤に溶けた鉄が流れるのを見た。庶民のデパートみたいな「購買会」には何でもあった。労働者が住む町の環境もよく整い、下水道整備なども早かった。
勢いがあったのはいつ頃までだったのだろうね。50年も経てばすべて様変わりもするもんだわね。


Sarakurayama
会うのは40年ぶりのキヨちゃんと、初対面のご主人も一緒に、八幡の皿倉山(622m)へ。
北九州の象徴的な山、八幡でも小倉でも学校の校歌にうたわれた。
ケーブルカーとスロープカーと言う乗り物で頂上へラクして上がれる。
Sarakurakara 昔は頂上に高射砲の砲台があったと思う。テレビの塔が少しずつ増えたもよう。展望は開けて、市街地と工場地帯とが広々と一望できる。子供のときに見た記憶より、市街地が狭く見える。山の裏側の貯水池に下りたかったけど、貯水池から最寄の駅に出るバス便が廃止になったそうで残念。
霧がかかって周りが真っ白になり、気温が3度。レストハウスのコーヒーで3人がこもごも昔の話、今の話。夕食もお心づくしのご馳走に預かってまた四方山話。



翌日は北九州空港からの夕方の飛行機が決まっているだけで、一日フリー。宿で貰った地図などを眺めていて、「そうだ、博多へ行こう!」
福岡市には1年だけ住んだことがある。ずいぶん変わっているはず。博多のどこに行くかは着いてから決めることにして、小倉駅を8時台の特急。
乗ってから、ケイタイで博多・観光 と検索してみた。福岡タワーというものがあるらしい。高いところ大好き!山の展望が楽しみ!

駅構内の観光案内カウンターに直行して、地図を貰う。大濠公園もいいな。一度散歩したことがある。これで今日訪問したい2箇所が決まった。バスでタワーの足元に着いて、地上123mの展望台へ。

Fukuokatower
山と市街の展望はもちろんだけど、向きを変えたとたん、息を呑んだ。
博多湾と海ノ中道、志賀島、能古島が眼下に大きく広がっていた。
天気に恵まれて、青い空の下、青い海と、地図でしか見たことの無かった海ノ中道の大きなカーブの先に金印の志賀島!
漢委奴国王と彫られた金のハンコが出土した島。小学校で習ったきり。
その向こうは玄界灘、その先は韓国・中国。

Sikanosima_2
タワーからこの眺めを見たからには、博多湾を横切って志賀島へ、それが無理でも海ノ中道までは行きたい。どうやって?と、タワーの足元の海側の施設を見ると、うみなかラインという渡船の発着所があるのがわかった。タワーにあるパンフレットで、一時間足らずの後には海ノ中道行きの船が出るとわかった。ヨシ!なんとかなる!

渡船の着く海ノ中道にはJRの駅があって、下りで一駅乗れば志賀島に近い西戸崎(さいとざき)、終点らしい。島は道路で繋がっている。タクシー利用で金印の出た場所にある金印公園に、行かれるなら行こう。
また、ケイタイを取り出して、乗り換え案内に没頭。夕方の飛行機に十分間に合うように組めた。ここで大濠公園に行く案はボツになる。

Photo
渡船の発着所脇で海を見ながらジャムパンとお茶でおなかを満たし、青い博多湾を横断!↑船から志賀島を望む。所要20分、1000円ちょうど。船着場から海ノ中道駅まで5分ほど歩いて、下り電車をしばらく待って西戸崎へ。

駅前には折り良くタクシーが一台だけ、BBを待っていてくれたのねっ!ドライバー氏に尋ねると、帰りの電車までの間に金印公園を往復して十分間に合うと言う。戻るタクシーが捉まえられるような場所ではないから公園を散歩する間は待っていてくれると決まり、出発。10分足らずで到着。
車の走る海岸沿いの道路から階段を少し上がったところが金印出土の碑がある目的地だった。ドライバー氏にも一緒に来てもらって、解説をしてもらった。
Kinin
金印の碑を見ただけで十分満足。博多湾の向こうに見えるあの山は?背振り山系、ぐっと離れたあっちは?北九州の山、と展望も解説してもらう。いま博多湾に入ってきて高速で湾の奥へ向かう船は韓国の釜山から来たものらしい。
周囲を5分ほど散歩したのち、西戸崎駅に戻り、電車で香椎乗り換え博多着。また特急で小倉に戻り、リムジンで北九州空港へ。無事に帰着。

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